コラム

プロフィール

菊池 晴香

  • PURE FOOT(ピュアフット)代表 フットケアスペシャリスト

銀行4年、不動産会社7年勤務し、出産により退社。
専業主婦として3年間子育てをしていた頃に、フットケアに出会い勉強を始める。
2001年トータルフットケアサロン『ピュアフット』を起業する。


ピュアフット15周年を迎えて

=開業=

今年で、トータルフットケアサロン『ピュアフット』を仙台で開いて15年になります。
15年前のフット業界はと言えば、フットケア=英国式リフレクソロジーで、ネイルサロンが展開し始めていた状況でした。
『ピュアフット』のような、巻爪などのトラブルや自爪を整えたり、タコや魚の目・角質のケア、足のトラブルに応じて、足に良い靴を提供するトータルフットケアサロンは仙台では始めてでしたし、全国的にみてもまだまだ少数でした。

私が"足"に注目し、トータルフットケアを学ぶようになったきっかけは、
家族で東京へ遊びに行ったときに疲れはてて入ったリフレクソロジーのお店でした。
わずか30分のマッサージで、足はもちろんの事、身体や心まで癒され疲れがすっかり取れたのです。このことはとても衝撃的な経験でした。
この経験がきっかけとなり、"足"の事を勉強し始めましたが、すればするほど、その奥深さを知りすっかりハマっていきました。
私自身、子供の頃から外反母趾に悩んでいたのですが、遺伝だと思い諦めていました。しかし勉強して正しい知識を得ることで自身の外反母趾も改善したのです。
"このフットケアをもっとみんなに知って欲しい!"、"感動を皆にも味わって欲しい!!"との思いから、
髪は美容室、足のことならピュアフットというような
『あなたの街の足の美容室』をコンセプトとし開業を致しました。

開業当初は、"足なんて人に見せられない。恥ずかしい。"、という方がほとんどで、"タコや魚の目、ガサガサ踵"を治したくても、どこに行けばいいか分からず悩んでいる方や、間違った知識で"お風呂で軽石で削っていた"、"外反母趾が痛いからゆるゆるの靴を履いていた・・"等々問題を改善できない方が数多くいました。
世の中はリフレクソロジー全盛でしたが、『ピュアフット』を開業し、正しい知識に基づいた、適切な施術を行っていくうちに、
『へ~こんな店があるんだ』、『かかと綺麗にしてくれるんだ~』とフットケアでご来店される方が多くなってきました。
その反応を敏感に感じ取り、
"タコや魚の目、かかとのケアでお悩みの方 ピュアフットへ"
と角質ケアをメインメニューに決めることでターゲットを絞りました。
今でもこれは変わらず、ピュアフットの看板メニューとなっております。

開業当時は、フットケア(しかもドイツ式?フスフレーゲ?)を知る人はなかなかいらっしゃらず、また技術もまだまだ発展途上で自信がなかったため、だいぶ低い価格設定でした。
しかし今となっては"フットケアってなに?"と思っている方々にとって、フットケアを試してみるには妥当な金額だったとも思います。価格は抑えめでしたが、開業のきっかけだった感動を皆様に味わっていただきたく、内容はそれ以上のものを提供しました。すると、
"この値段でこんなに綺麗になるの?"
 "気持ちいい"
 "とても癒される"
とお客様の反応はとても良く、客足は順調に伸びていきました。
その後店舗は二店に増え、全盛期では一か月に1200名ものご来店がありました。
コンセプトである"あなたの街の足の美容室"は皆様にご理解いただき、『ピュアフット』はピークを迎えていました。


=東日本大震災=

来店客は順調に漸増していましたが、それとともにスタッフの疲弊は如実に積み重なっていきました。毎日お断りをしなければならないほどご予約が殺到し、スタッフはお客様の数をこなすのが精いっぱい。お客様の声に耳を傾ける時間をとることも難しくなっていったのです。すると当然のことながら、施術の質が保てなくなり、さらにリーマンショックの影響も相まって、だんだんと客足も落ちていきました。

この頃には大分フットケア自体が世の中に浸透してきましたのでコンセプトを"一生自分の足で歩けることがすべての幸せの源"と見直し、
お客様の一人ひとりとじっくり向き合い、トラブルの改善にできる限り力を入れることを目標としました。そのために、店舗を縮小、人員整理をしつつ、逆に内容に見合う価格に値上げをし再起をかけました。

しかし再出発からわずか2ヶ月後、東日本大震災が発生しました。。。。

奇しくもちょうど一年前の3.11に子宮体癌の宣告を受けており、幸いにも初期の段階だったので手術は成功し仕事にも復帰していました。
手術後、気持ちもサロンも前向きに再スタートを切り始めた時の震災でした。
私の心はすっかり折れてしまいました・・・
将来の展望や自身の無力感から絶望感に苛まれ、うつ病を発症してしまいました。
店舗の閉店を考えたこともありましたが、何とか再開するとお客様が毎日溢れるようにご来店くださり、
"こんな大変な時期に再開してくれてありがとう"
"ピュアフットがなくなったら私の足は誰がみてくれるの?"
"始めてゆっくり眠れました"
"普通の生活に戻ってもいいんですよね"  等々
お客様にいただく沢山の温かい言葉に助けられて継続を決意しました。

震災直後は、私自身の心も身体も余裕がなく、被害が酷かった方へ目を向けることが出来ませんでしたが、しばらくしてから仮設住宅でボランティア活動を始めました。フットケアの経験ははじめて、と言う方がほとんどです。
フットケアを体験する、と言うよりは肌と肌が触れ合う事で常にストレスと闘っている日常が少しでも癒されれば、という気持ちで毎月一回、二年間続けました。


=再起=


サロン再開後は新たなコンセプトの基、じっくりお客様の足のトラブルに向き合う体制を作ることで、スタッフの疲弊は減り、逆に知識や施術の質は向上しました。
来店客は半分になりましたが、売り上げは以前と変わりません。
またフットケアサロンが他にも増えて来ましたので、当店に来られないお客様も他のサロンへ行けるようになりました。

お客様とじっくり向き合うことで、サロンでは対応出来ないことも多々出てきます。
もちろんケアで対応しきれない場合は病院をお勧めしますし、トラブルの酷い方へは、足に優しいコンフォートシューズの提供とともに、より良く改善するためインソール等の専門店を紹介します。
しかし地方では他業種と連携が難しいのが現状です。
サロンの近くにある皮膚科や他業種と連携が出来たならもっとお客様への悩みに寄り添うことが出来ます。これはまだまだ課題であります。


=フットケアサロンの役割=

サロンで出来ることは予防です。
ご来店されるきっかけはタコや魚の目、ガサガサ足のケアの方がほとんどですが、施術して綺麗になるとホームケアすらしない方も多数いらっしゃいます。
しかし根気強くアドバイスし続けると、始めは改善する努力が続かない方でも、何年か後、身体の不調が足からきていると実感することがあった時、始めて本当に自分から足に対して真剣に向き合い始めます。
その気づきが将来重症化することの予防にもなりますので、病院へ行く前のサロンでの段階でアドバイスし続けることが重要だと考えます。
足の大切さに気付いた時にピュアフットを思い出し、また通って下さる方も多数いらっしゃいます。
15年サロンを続けていますと、子育て等で遠のいていた方がまた来店してくださったり、仙台を離れても出張の時に寄って下ったり、遠くは愛知県から定期的に来店下さる方もいらっしゃいます。
このように長く続けたことで、足のトラブルで困ったときにいつでもピュアフットに相談出来る、という安心感をお客様に感じていただけているのであれば、幸いです。

今後はピュアフットが向かうべき道は沢山あるのですが、その一つは子供たちの足です。
独身時代に通って下さった方が、子育て世代に突入しています。
自分自身のトラブルがお子様に、お孫様に受け継がないように、立って歩き始める赤ちゃんの時からの予防が大切です。
そのためには他業種連携が必須となりますので、その準備をしていくことが今後の向かうべき道と考えております。