コラム

プロフィール

寺杣敦行

  • かかりつけシューフィッターの子ども靴専門店 ジェンティーレ東京 代表
  • FHA 幼児子ども専門シューフィッターコース 講師

学校生活での1足制について(2022/08/23)

学校での1足制について書こうと思ったところ、私が幼少の頃、母が生前話してくれたことを思い出しました。

大正13年日本橋で生まれ育った母から、「私(母)が生まれるちょっと前までは、三越デパート(当時は三越呉服店)は畳敷きで、土足では入れず、店の入り口には下足番がいて、履物を預かってもらい上がっていたのよ」。

当時その話を聞いてびっくりしたものの、それ以上深く考えることはありませんでしたが、今回三越についての文献を調べてみることにしました。

三越本店(正確には本店西館)が下足預かりを廃止した、すなわち1足(土足)制へと変革したのが1925年(大正14年9月20日)、今から97年前のことです。

それまで下足場の問題点として

1.玄関で履物を脱ぐために混雑する。
2.履物を玄関から出口へ廻す途中にお損する可能性がある。
3出口で再び下足受け取りのために混雑する事となる。

当時1日の来店者数は7〜8万人。
来店者の履物は、靴が2割、下駄・草履が8割程度。

売り場を大衆化するにあたり出入り口で混雑を防ぎお客さんの利便性が高まるよう下足預かりを廃止するにあたっての課題は下駄に付着した泥を店内に持ち運び衛生上良くない、そして商品を汚損する、さらに品位が落ちる。

下駄のような硬い歯の履物で硬い床面を歩かれると不快な騒音を発し買い物気分を損ねるなど、様々ありましたが、新聞広告で世論に問いかけ社会問題化を試みたり、顧客へのアンケート調査などを経て決断に至ったそうです。

課題への対策として、清潔に保つために畳から寄せ木板、大理石に替え、階段にゴムを張り下駄の音を防ぎ、玄関には網目の泥落としも設置しています。

1足制が成功したおかげで、地下室も活用できるようになり、現在のデパ地下の成功につながっているということです。

一方で、日本国内のほとんどの幼稚園から高校までの学校では、通学用の靴と学校内で履く上履きの2足制をとっており、1960年前後にバレエシューズタイプの上履きが開発されてから、現在まで60年以上も変革することなく制度は続いています。

学校によっては指定靴制により、上履きが足に合う、合わないに関わらず、全生徒が同じ上履きを履かなければならず、さらに1サイズが0.5cm刻みではなく、1.0cm刻みという上履きが多くの幼稚園、小学校でいまだに存在しています。

私は小さな子ども靴専門店を営んでいますが、1〜3歳くらいでも体質や遺伝から足のトラブルの種をすでに持っている子どもさんを日々目にしています。

そういうお子さんには、靴の調整加工、日常生活の注意点や改善方法などアドバイスしているのですが、せっかく足に合っている靴を履いてもらっていても、学校内で1日中履いている上履きの形やサイズが足に合っていない、または品質・機能が劣後した上履きを履いている子どもさんは、実際に足のトラブルを起すばかりでなく、多くの子どもさんの将来の足や体の健康にとって良くない影響を与えている可能性は高いと考えています。

上履きを履き続けてきた私たち50代はもちろん、現在子育て中のお母さん世代にも足、膝、腰等にトラブルを抱えている人が非常に多いことも上履きの影響の一つかもしれません。

現在、都内港区、中野区、墨田区や神戸市内など数校で1足制を導入している小学校があります。

導入の理由は、生徒の急激な増加による下駄箱スペースの不足や、緊急避難時の出入り口スペースの拡大によるスピーディーな避難等、足の健康が理由ではありませんが、それでも良いと思っています。

1足制の小学校に通っているお子さん、お母さんに状況を聞いてみると、校内を土足で過ごしていても、教室や廊下はとてもきれいで気持ちよく学校生活を過ごしているようです。

学校の立地環境、気候環境、校庭の舗装状況などにより、全ての学校で導入することは難しいと思いますが、都内港区のように、校庭に土を使っていない学校は、1足制は可能であるという基準を使うことで、全国の都市部の多くの学校で、実現可能だと考えています。

子ども靴の機能性、品質と価格のバランスについて、日本では以前から4,000円の壁と言われており、足の健康を考えて作られた子ども靴は、それなりの値段になるということですが、1足制を導入することで、上履きにかけていた分を通学靴の購入に上乗せすることができます。さらに履き古した上履きの処分量は想像しただけでもすごい量だと思いますが、それが少なくなるのであれば地球環境の面でも良いことではないでしょうか。

今から97年も前に三越を皮切りに全国各地の老舗デパートの下足預かりの廃止という実際の成功例があるのですから、決断は容易だと思います。問題はだれが決断するかということに尽きるのではないかと思っています。

colum20220823_01.png


コラム一覧